『新型コロナウイルス感染症の重症化予測に関するバイオマーカーの開発と応用』
杉山 真也
国立国際医療研究センター 研究所
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、その一部が重症化し、死に至ることがある疾患である。COVID-19は、ウイルス感染した初期は軽症で推移し、ある日突然重症化するという特徴を有しており、誰が重症化するかを判断することが難しい疾患である。そのため、優先して入院治療すべき患者が捕捉されずに、自宅療養中に死亡する事例が散見されている。その感染後の予後を早い段階で予測できることは、医療資源の有効活用をサポートするだけでなく、迅速な救命措置にもつながるため、重症化の予測因子の同定は重要である。
本研究では、患者から経時的な採血を行い、重症化へ至る過程で変化する液性因子を網羅的に探索した。その中から、予後予測に利用可能と考えられる複数の液性因子を同定した。それぞれの予測因子には、その血中動態に特徴があり、病態理解する上でも有益なものであった。その中のCCL17とインターフェロンラムダ3は、現在ではCOVID-19重症化を予測する臨床検査として保険収載され、実用化されるに至った。
本発表では、その発見に至る経過と臨床現場での活用事例、また現在進めている多施設共同研究の現状について紹介する。
略歴
平成21年3月:名古屋市立大学医学研究科博士課程修了(医学博士)
平成21年4月日:本学術振興会特別研究員(PD) 名古屋市立大学大学院医学研究科細胞生化学(中西 真 教授)を経て、平成23年4月:国立国際医療研究センター 研究所 肝炎・免疫研究センター 肝疾患研究部 上級研究員(溝上 雅史 部長)、平成28年4月:同センター研究所 ゲノム医科学プロジェクト副プロジェクト長(溝上 雅史 プロジェクト長) 現在に至る。国府台病院バイオバンク、併任。
『精確な新型コロナPCR検査に向けたNMIJの取り組み』
加藤 愛
産業技術総合研究所 計量標準総合センター
今般、世界中で猛威を奮っている新型コロナウイルスについては、感染の有無を診断するための検査法としてPCR検査が重要な位置を占めている。しかしながら、同検査法で用いられる検査キットや検査装置、検査プロトコールについては標準化が十分に行われておらず、検査結果の信頼性の確保が急務となっている。
検査キットや検査装置の信頼性確保に向けては、定量性の基盤となる標準物質や標準測定法の開発が求められており、さらにそれらの開発においては、検証された測定能力が必要とされる。国際度量衡局物質量諮問委員会(BIPM/CCQM)の下部組織である核酸分析ワーキンググループ(NAWG, Nucleic acid Working Group)では、国家計量機関(NMI)が新型コロナウイルス関連の標準物質あるいは標準測定法の開発を行うにあたっての測定能力を評価する目的で、国際比較試験「p199b:新型コロナウイルス遺伝子の定量」を実施した。産業技術総合研究所・計量標準総合センター(AIST/NMIJ)も国家計量機関の一つとして、同比較試験に参加したため、その概要について紹介する。
一方、新型コロナウイルスの診断に用いられているPCR検査にはRNA抽出、逆転写、PCR反応等の多段階の高いスキルを要する操作があり、正しい検査結果を得るためには、これらの操作が適切であり、かつ測定に用いる機器が適切に管理されている必要がある。しかしながら同検査における検査プロトコールの信頼性を検証する方法(精度管理)が現状十分に整っているとは言えない。NMIJでは、核酸計測の精度管理用の認証標準物質(人工合成配列を有し、精確な濃度値が付与されたRNA)を開発しており、今般、同標準物質を内部標準物質として用いることにより、日常的なPCR検査における操作手順や検査機器の精度管理を可能とする新たな方法の開発を行ったので、その概要についても紹介する。
略歴
2000年に東北大学農学部農芸化学専攻修士課程を修了後、産業技術総合研究所・生物機能工学部門に勤務しながら2005年に筑波大学人間総合科学研究科にて博士号取得(医学)。同年、現在の産業技術総合研究所・計量標準総合センターに入所し、タンパク質やその構成単位であるアミノ酸やペプチドの高精度な定量法の開発およびそれらの技術を利用した認証標準物質の開発に従事。2017年にバイオメディカル標準研究グループのグループ長に就任し、現在に至る。
『コロナ禍で進むワクチン開発研究の革命とそこから生まれる基礎研究』
石井 健
東京大学医科学研究所ワクチン科学分野
コロナ禍で起きたワクチン開発研究の破壊的イノベーションにより、mRNAなどの新しいタイプのワクチンが約300日で作られました。これだけワクチンが世界の人々にとって「自分事」になったことは今までなかったことですし、感染症や免疫だけでなく、基礎研究分野にも新しい潮流が生まれてきており、異分野融合が進むことが期待されます。一方、世界を見渡すと、ワクチン忌避や、ワクチン接種が進んでいない国も多くある現実があり、日本はもっと安全で良く効くワクチンを世界に提供しGlobal health coverageに貢献することが期待されています。本講義では「100 Days Mission to Respond to Future Pandemic Threats」やポストコロナのワクチン開発研究の新展開を議論できれば幸いです。
略歴
平成5年横浜市立大学医学部卒業。3年半の臨床経験を経て米国FDA・CBERにて7年間ワクチンの基礎研究、臨床試験審査を務める。平成15年帰国しJST・ERATO審良自然免疫プロジェクトのグループリーダー、大阪大学・微生物病研究所・准教授を経て、平成22年より平成30年まで医薬基盤健康栄養研究所アジュバント開発プロジェクトリーダー、ワクチンアジュバント研究センター長、平成22年より現在まで大阪大学・免疫学フロンテイア研究センター教授。平成27年―29年まで日本医療研究開発機構(AMED)に戦略推進部長として出向、平成29-31年科学技術顧問を務める。平成31年より、東京大学・医科学研究所・ワクチン科学分野・教授。
『DCPチップを用いた患者検体の抗原親和性測定による感染防御能と重症化リスクの迅速評価技術』
木戸 博
徳島大学 先端酵素学研究所
開発が急速に進んでいるワクチンを含む抗体医薬では、従来評価に使用されてきた抗体価に代わって、医薬品が体内で作用する複雑環境下での効果を評価する評価技術開発が求められている。現行の評価法は、抗体分子の定常領域に対する2次抗体で抗体分子数(濃度)のみを測定するだけで、可変領域が担う「抗原捕捉力(親和性)」を測定していないため、抗体機能情報が反映されていない。これまでの抗原親和性測定は、人工的単純条件下で抗原―抗体間の結合親和性(Affinity)を、表面プラズモン共鳴法、マイクロカロリメトリー法等で測定して、医薬品製造工程に使用してきた。しかし各種抗体サブタイプの混在する体内複雑環境下での抗体の抗原結合親和性評価には不十分で、Affinityに代わって抗原結合親和性の総和(Avidity)で評価する必要がある。一方従来のAvidity測定は、chaotropic剤を抗原・抗体反応系に添加して蛋白質変性条件下で抗原・抗体反応の阻害%を検出する方法(ch-Avidity)で、抗原結合親和性の測定とは言えない。我々は、DCPチップ上の固相化抗原と生体試料に添加したfree-form抗原間の、競合的結合阻害をIC50値(nM)で評価し、抗原結合親和性の総和をbinding inhibition (bi)-Avidity=1/IC50で表記し、新たな抗体価表示法として抗体「量」×「質」(bi-Avidity)を提案している。アレルギー分野で、これまでアナフィラキシーの発症をIgE抗体価では予測できなかったが、上記方法で予測可能となりavidityの有用性を証明した。現在感染症領域における抗体医薬やワクチン誘導抗体等の、生体環境下での薬効を評価する基盤技術としてbi-avidity測定法の実装性を検証している。抗体価測定は、現在の医療ではアレルギー、感染症に留まらず、自己免疫、癌免疫、糖尿病や心臓病、アルツハイマー氏病等の分野で汎用されていることから、今後幅広い応用が期待される。
図1 IgE抗体価測定の改良を導くAvidity測定
略歴
1947年生まれ. 73年弘前大学医学部卒業. 77年徳島大学大学院医学研究科生理系専攻博士課程修了.博士(医学). 77年徳島大学医学部付属病院医員. 79年米国ロッシュ分子生物学研究所研究員. 81年徳島大学助手. 89年徳島大学助教授. 93年徳島大学教授. 2007-11年徳島大学疾患酵素学研究センター長. 13年定年退職、徳島大学寄附講座、生体防御病態代謝研究分野特任教授(名誉教授)、現在に至る.
『Drug repositioningによるCOVID-19治療は可能か?』
山岡 邦宏
北里大学 医学部膠原病・感染内科学
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は瞬く間に拡大し、収束しては変異株の出現により再び感染拡大することを繰り返している。高い特異性を有する抗体カクテル製剤や新規抗ウィルス薬の緊急承認が本邦を含め欧米でも続いている。我々は、2020年4月にオーストラリアから公表された抗寄生虫薬イベルメクチン(IVM)のin vitroでのSARS-CoV-2増殖抑制効果に着目した。IVMは、各種ウィルス(デング等)に対する効果が示唆されていたことから、IVMのdrug repositioningによる安価かつ安全なCOVID-19対策の可能性を考え、即座に当院未承認新規医薬品等評価委員会の承認を得て中等症までのCOVID-19患者54名にIVM投与を行った。米国の観察研究では、重症化率、死亡率、挿管後の抜管率に優れる事が報告され、期待が膨らんだ。その後、プラセボ対照ランダム化二重盲検多施設共同並行群間比較医師主導試験を開始した。本治験の一部症例においてIVM内服前後での末梢血細胞サブセットの網羅的解析を行い、IVM特有の細胞サブセットへの影響とCOVID-19の経過による変化を解析中であり、新たなバイオマーカーの探索を行なっている。
本抄録執筆時、世界20ヵ国以上で83件の治験、観察研究が行われており、一部では有効性を示唆する結果が公表されている。本講演では、各国のIVM治験の状況を紹介しつつ、オフラベル投与での観察研究と医師主導治験について報告したい。
(北里大学医学部 膠原病・感染内科
山岡邦宏、和田達彦)
略歴
1993(平成 6) 年 3月 産業医科大学医学部卒業、2001(平成13) 年 3月 学位取得(医学博士 九州大学)。
1994(平成 6) 年 6月 九州大学付属病院第一内科、2001(平成13) 年 7月 米国立衛生学研究所(NIH)/NIAMS Postdoctoral fellow 2005(平成17) 年 7月 産業医科大学医学部 第一内科学講座 助手、2011(平成23) 年 2月 同講座 講師、2014(平成26) 年 9月 慶應義塾大学医学部内科学教室リウマチ内科 准教授、2018(平成30) 年 10月 北里大学医学部 膠原病・感染内科学 主任教授、 北里大学病院 膠原病・感染内科 科長として現在に至る。
日本リウマチ学会にて多くの委員会委員を務める。ほか多くの学会、委員会にて委員を担うとともに、多数の学会誌にて編集委員を歴任。